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◆2011年卒団選手の思い出◆


≪北海道連盟≫ 


札幌白石リーグ・水島 一貴
背番号「8」をもらった瞬間、全国大会を目指す、という思いが強まった。結果は出せませんでしたが、試合に向けて仲間達との練習に夢中になれたこと。野球に対して色々な思いを感じることができた。その中でも全国選抜道予選で、ぼくは対新琴似戦でセンターオーバーのホームランを打つことができた。最高だった。思わずガッツポーズが出た。忘れられない思い出となった。これからぼくはシニアに進みます。これまでの経験を生かして頑張っていきたいです。指導者の皆様、ありがとうございました。


≪信越連盟≫ 


松本南リーグ・山田 琢也
一番の思い出は、松本南リーグの選抜チームに入り、信越秋季、夏季大会に出場できたことです。秋季は優勝して3連覇を達成しました。春季で選抜チームに選ばれなかった悔しさをバネに頑張り、夏季では背番号「2」をもらいました。1回戦でサヨナラヒットを打って嬉しかったですが、2回戦で負けて悔しい思いをしました。5年間のリトル生活で色んな仲間に会えて良かったです。この思い出を大事にして、これからも野球を頑張っていきたいです。

須坂リーグ・町田 拓人
ぼくの一番の思い出は全日本選手権に出場できたことです。信越大会で優勝して、新チームになってからみんなの目標だった全国大会に出場できて、本当にうれしかったです。結果は残念ながら1回戦で負けてしまったけれど、全国の仲間達と試合ができて、ますます野球が好きになりました。


≪北関東連盟≫ 


大宮リーグ・鈴木 謙治朗
新5年生大会の決勝戦、敵は川口でした。ぼくはその試合、6番・セカンドで出ました。0対1で負けていて、1アウト満塁の場面でレフト前にヒットを打ったんです。この試合は1対4で負けてしまいましたが、自分にとって、一番楽しくて悔しい思い出に残る試合でした。

所沢リーグ・神田 真
ぼくは3年生の春リトルに入団し、4年半の間に色々なことがあったけど、一番は東日本選手権大会です。初めて大きな大会に出場して、初戦の新潟西リーグにサヨナラ勝ち。次の双葉リーグ戦も勝って、決勝の東京中野戦は、打ち勝って優勝しました。それまで所沢リーグは準優勝や3位ばかりだったので、リトル最後の大会で優勝できて嬉しかったです。


≪東京連盟≫


町田リーグ・梅澤 佑悟
リトル生活で一番の思い出は、理事長杯で銅メダルを取れたことです。銅メダルを取れたのは、指導者や父母の方々のお陰です。今まで色んなことを指導してくれた監督、コーチとグラウンドの整備などをしてくれた父母、チームメートに感謝したいと思います。

杉並リーグ・岩浪 玄将
ぼくは幼稚園生でリトルに入団して、7年間が経ちました。ジュニア、マイナー、オールスターと野球の基本から一つずつ学びました。中でも一番の思い出は、リトル最後の夏の大会、試合で負けて悔し涙を流した日、チームを深めたことです。そして理事長杯の1回戦、2回戦と勝って、みんなで喜び合うことができました。色々なことがあったけれど、杉並リトルで過ごした日々は、ぼくらを成長させてくれました。

東久留米リーグ・鈴木 峻
1年生から入団しました。この6年間には、楽しいことや悔しいことが色々ありました。ぼくは試合で、ほとんどベンチでした。試合に出るために、一杯努力しましたが、試合に出ることができませんでした。すごく悔しかったです。でも、一緒に野球をやってきた大切な仲間が、たくさんできました。ぼくの一番の宝物です。この仲間と一緒に試合に出られるよう、シニアに行って頑張りたいです。

福生リーグ・大野 佑哉
私のリトルの一番の思い出は、最後の年に、国立リトルと連合を組んだことです。国立リトルと連合を組んだお陰で、とっても楽しい野球をすることができました。連合を組まなければ、私たち中1は野球ができませんでした。なので、国立リトルの選手、コーチの人達にはとっても感謝しています。そして国立の選手ととっても仲良くできて、良い思い出になりました。本当にありがとうございました。

調布リーグ・吉澤 駿輔
リトルで一番の思い出は、全日本選手権大会東京第2代表を決める東京中野との試合です。三回まで、東京中野に8点取られて、もう逆転するのはムリかと思っていたら、みんながあきらめないで、チーム全体が協力して、段々追い上げて、五回に逆転して勝利したんです。

小平リーグ・秋山 裕亮
一番の思い出は、最高の監督やコーチ、そしてチームメートと野球ができたことです。監督やコーチからは、1球の大切さを教えてもらいました。チームメートとは、試合でピンチの時に、お互い声をかけ合いながら全力で戦うことができました。骨折した時には、たくさんの励ましの言葉をもらいました。最後の夏の大会では、悔しい思いをしましたが、シニアでは、一生懸命練習して良い結果が残せるように頑張りたいです。

目黒西リーグ・福山 雄太
ぼくの一番の思い出は、リトル最後の試合です。結果は1点差で負けてしまいましたが、あの時は、いつも以上に最後まで諦めず、頑張るみんなの気持ちが、心に残っています。どんな状況にあっても、向かっていく気持ちの大切さを改めて感じました。

墨田リーグ・庭野 塁以
ぼくの一番の思い出は、全日本選手権の東京連盟で優勝した東京北砂と大会後に行った練習試合です。相手は東京1位。どういう試合になるか心配でした。しかし、結果は勝ったんです。みんなで楽しく試合をして、東京1位に勝てて、ホントに嬉しかった。大会ではスタメンに入れなかった選手も一緒にできて、本当に良かった。


≪中国連盟≫


広島北リーグ・川原 洋哉
ぼくがリトルで忘れられないのは、今年8月に行われた全国選抜大会です。対戦相手は、優勝した藤沢リーグで、ぼくは3番・ピッチャーで出場しました。投げる方は4回2失点と、まずまずでしたが、打つ方は3打席連続三振と、とても悔しい思いをしました。これからも野球を続けていきますが、この悔しい思いを胸の中にずっと残して、頑張っていきます。

広島西リーグ・垣原 好佑
ぼく達の目標は、全国大会出場でした。その全国大会には行かれませんでしたが、西日本大会に出場しました。西日本大会に出場したチームもレベルは高く、2回戦で負けてしまいましたが、今のチームでカープ杯優勝に始まり卒団大会優勝で終わることができました。仲間と最後まで楽しく頑張れたことが一番の思い出になりました。監督、コーチ、父母、チームに感謝したいです。

岡山リーグ・前原 樹
リトルに入ってから卒団するまで色々なことがありました。毎週の練習は厳しいと思っていました。 しかし、中学の練習はもっと厳しいと思い、リトルの練習を頑張ろうと思いました。すると結果が、リトル最後の今年 に出ました。初めてホームランを打つことができたのです。毎週の練習を頑張ったからです。リトルに入ってつらい ときも、うれしいときもありました。ぼくが一番悩んだことはスランプです。「打てる!」という自信がなくなりました。 でも、あきらめず練習を続けたから、ホームランが打てたのだと思います。


≪四国連盟≫

松山リーグ・神野 恵資
一番の思い出は、6年生の秋の大会の松前戦で延長九回にサヨナラ勝ちしたことです。最後のリーグ戦は2勝5敗と残念な結果に終わりましたが、惜しい試合も多くあり、自信になりました。この経験を生かしてシニアで頑張りたいと思います。

小松リーグ・村上 嘉教
ぼくは7月に小松リトルを卒団しました。明るいあいさつをモットーに、日々練習に励み、平日は個人練習をして、レベルアップをはかってきました。部員は16人いました。ぼくは、その一員として悔いはありません。ぼくのリトル人生は6年間でしたが、ヒットを打ったときや、相手のバッターを抑えたときの喜び、試合に負けたときの悔しさなど、一つ一つが思い出です。小松リトルで大切なことを学びました。

えひめ港南リーグ・中田 智久
ぼくは小3の秋に港南リトルに入りました。上手な人が沢山いて、早く追いつきたくて毎日バットを振りました。手にマメができました。小4の終わりの練習試合で、初めてホームラン、しかも満塁ホームランでした。感激して、もっと打ちたいと思いました。その頃、監督はよく「野球はみんなでするものだ。一人でするな」と、おっしゃいました。ぼくが6年になりキャプテンになった最初の新人戦で、チームをうまくまとめられるか心配で、緊張しました。でも、チームメートがぼくを支えてくれました。ピッチングが悪かったら、みんなが守ってくれる。打てないときは「ドンマイ」と肩を叩いてくれる。最後の試合、西日本大会では優勝して金メダルをもらうことができました。この仲間と野球ができ、素晴らしい思い出ができました。


≪九州連盟≫


福岡中央リーグ・高尾 晃平
一番の思い出は、最後の全国選抜大会予選で、リトル生活最初で最後のホームランを打ったことです。福岡中央リーグは、中1がぼく一人で、キャプテンをやっていました。キャプテンとしてあまり見本にはなれなかったけれど、最後にみんなと試合ができてよかった。ここまでこれたのは、監督やコーチ、みんなに支えられたから、頑張ることができました。

天草リーグ・宮崎 翔也
天草リトルは人数がギリギリで、なかなか勝つことができませんでした。ぼくが参加できる最後の大会・全国選抜でも、交流戦しか参加できなかったのです。大会の朝、ぼくは、調子が良く打てたときのことを思い出して「あのときのように打てたらいいな」と思っていました。そしたら初球のカーブをセンター前に飛ばすことができたのです。結局、この大会で優勝することができました。最後の最後に優勝することができて、とてもうれしかったです。